
2001年にバックパックで訪れたエジプト~ヨルダン~シリアの3つの国の中で、最ものんびり楽しく旅をできたのはシリアでした。
一般的なイメージとは真逆で、人々は穏やかでフレンドリー。食事は美味しくて、緑がありました。特に、殺人的な気温かつ殺伐とした8月にエジプトを回った後、シリアに着いて空に浮かぶ白い雲を見た時には、感嘆の声が出ました!
シリアには、文化遺産が多く残っています。イスラム建築、ローマ遺跡。そして、何よりシルクロードの重要な中継地点だったパルミラ。
このポストでは、私たちがシリアで訪れた場所のなかから、おすすめの5か所を紹介します。(昨今の紛争で、いくつかの遺跡は破壊されたと聞きます。それでも、紛争が終焉した時にはまた訪れたいと思うくらい、素敵な旅先でした。)
1. パルミラ
パルミラは、あまりにも有名なユネスコ世界遺産。アラビア半島やメソポタミアと地中海を結んだ、古くからの東西交易の中継点です。特に、紀元前1世紀末から紀元後3世紀にかけて、中国とヨーロッパを結ぶシルクロードの隊商都市として栄えたそうです。

メトロポリスとして多くの地域からの人々の交易で栄えたパルミラの建造物は、古代ギリシャ・ローマの建築様式をベースにしながら、ペルシャやアラビアの影響が残ります。
パルミラの魅力は、”修復されていない”こと。エジプトなどの修復された遺産と違って、敷地内に標識はなく、あちらこちらに文字や装飾が刻まれた石が転がっていて、広大な遺跡を歩くのは、宝探しのようでした。

20代前半に訪れたパルミラは、私たちのその後のシルクロードへの好奇心のはじまりだった気がします。バックパッカーだった私たちには、当時1-2ドルで雇えただろう地元のガイドさえ贅沢でした。でも、ガイドなしで歩き回っても、パルミラがメトロポリタンだった跡をあちこちに見つけることができました。
例えば、この円柱。複数の言語が並列しています。様々な地域からパルミラにたどり着いた人々が、この柱を見上げたのでしょう。

パルミラの脇には150mの丘があり、パルミラ城砦(アラブ城、ファフルッディーン・アル・マーニー城)という要塞が残っています。道があるようでない砂山を、砂に足をとられながら登りました。
頂上からは、パルミラ全景を見渡すことができました。街に到着したキャラバンが、列柱道路からベル神殿まで足を進めた経路をひと目でおさめられる感動の景色でした。

2. クラック・デ・シュヴァリエ
クラック・デ・シュヴァリエは、十字軍が残した城の中で保存状態が良いとして、2006年にユネスコ世界遺産に登録されています。
私たちがクラック・デ・シュヴァリエを訪れたかった理由は、『天空の城ラピュタ』がこの城をモチーフにしているとどこかで聞いたから。本当かどうかは分かりませんが、確かに、急勾配の丘の上に建つ二重の防壁は、ラピュタにでてくる天空の城のように見えました。

外観は、ヨーロッパ風の建築様式の建物。十字軍が建設したのクラック・デ・シュヴァリエは、13世紀にマムルーク朝の手に落ちて、内部にはイスラムの内装が施されたため、東西の美が融合しています。
一つの例が、中庭に残るモスク。もともとは教会だったのが、モスクに改築されていました。

クラック・デ・シュヴァリエは、外観だけでなく、内部の構造も美しい城でした。ホール同士をつなぐ回廊はほぼすべて、ゴシック様式のアーチの天井でした。

3. アレッポ
アレッポは、シリアの第2の都市。1ヵ月以上にわたるエジプトでの生活&旅行を経て、エジプトから空路でアレッポに入った私たちは、アレッポの穏やかな気候に感動しきりでした。アレッポはいい思い出ばかりです。
アレッポで特におすすめなのは、アレッポ城、スーク(マーケット・市場)とピスタチオが添えられたねっとりした食管のアイスクリーム!
私たちが、穏やかな気候の中、楽しい時間を過ごしたとはいっても、アレッポはギリシャ人、ローマ人、ペルシャ人、ビザンティン軍、十字軍、モンゴル人の襲来など波乱の歴史が刻まれた土地です。それを象徴するのがアレッポ城。

アレッポ城は巨大。紀元前10世紀には天然の丘を利用した神殿だったのが、12世紀には北シリアの難攻不落の城塞として使用されたそうです。16世紀に造られた城最大の門は、カミソリの刃1枚も入らない石組みだそうです。
私たちが訪れた日には、私たち以外の旅行者は皆無で、観光客用の正式な入口を見つけることができませんでした。それらしい回廊を歩いて城の中庭にたどり着くと、そこは子どもたちが遊ぶ広場になっていました。

アレッポのもう一つの魅力は、アル・マディーナ・スーク。旧市街にある、総長13kmもの市場です。1986年にユネスコの世界遺産に登録されています。
石造りのアーチが美しい回廊が永遠に続きます。石造りのスークの中はとても涼しくて、バックパッカーにとってとてもありがたかった記憶があります。(私たちが泊まった安宿には、大抵エアコンはありませんでした。)
商品によってエリアが決まっています。絨毯、香辛料、食肉、野菜、お菓子のエリアなど、好奇心のままに散策しました。

4. ダマスカスのモスク、旧市街とスーク(市場)
ダマスカスは、シリアの首都。「世界一古くから人が住み続けている都市」として知られています。
今思うと、20代の私にはダマスカスの素晴らしさを理解できるだけの教養と知識がなかった、、。今、じっくり時間をかけて旅行するならどこ?と聞かれたら、ダマスカスに行きたいです。そのくらい、旧市街のバイブとマルチ・カルチャーな雰囲気、イスラム・アートと、首都ならではの活気にあふれていました。
特に、もう一度訪れたいのがウマイヤ・モスク。

ウマイヤ・モスクは、世界でも最も古くて大きいモスクと言われています。元々はローマ神殿として建てられたのが、4世紀に教会となり、ダマスカスをムスリムが統治するようになってからはキリスト教徒とイスラム教徒で共に使われた時代もあったそうです。今は、教会部分はなくなり、モスクとして使われていますが、外観にはローマ建築の面影がしっかり残っていました。
エジプトやヨルダンのシック色調のモスクと比べると、色彩があざやかで生命感がありました。中庭のモザイクはとても美しかったです。私たちは巡礼者に交じって中庭に腰を下ろして、美しいイスラムアートを眺めたり、敬虔なお祈りの雰囲気を味わいました。

ダマスカスの旧市街(オールドダマスカス)は、ユネスコ世界遺産に登録された世界最古の都市の一つ。
迷路のような路地は、アッシリア、ペルシア、ギリシア、アラブ、ローマ、ウマイヤ、トルコ、モンゴル、オスマンからフランスまで、数えきれないカルチャーのモザイクのようでした。街灯のランプ、窓枠、扉など何から何までデザインのディテールが美しくて、いろんなカルチャーが同じ場所にあって、そういうのが好きな人なら永遠に時間を過ごせると思います。
最後に、ダマスカスでは、バックパッカー史上最も簡易な安宿に泊まりました。それは古いビルの屋上。屋上に寝袋がずらーっと並んでいて、数十人のバックパッカーがそこで寝ます。星を眺めながら、ナチュラルな扇風機の風をうけて、街の喧騒の中で寝て起きました。
5. ハマ
ハマは、シリアで訪れた中で、最も小さい街でした。オアシスの街には緑があふれ、小河が流れ、大きな水車が回っていました。砂漠の景色ばかり見て過ごした後に、緑が濃い公園や林の中を歩いて、「これがオアシスの癒しなんだ!」と実感しました。
この街の人は、大人も子どもも笑顔でフレンドリーでした。水遊びをする子どもたちは、私たちを見ると「これから飛び込むから見てて!」とばかりに大きな声で私たちの関心をひいて、ゆっくり回る大きな水車から次々と飛び込んでいました。
ハマはクラック・デ・シュヴァリエのアクセスポイントでもあるので、おすすめです。
